インタビュー<日曜日のヒーロー> |
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■第473回 | 柳楽優弥 |
写真=昨年のカンヌ受賞時から「眼の強い子だなあ」と思っていました。取材を楽しみにしていたら、そのまっすぐな瞳 に1発KO。千両眼とでも言うのでしょうか。あと20歳若かったら…。同い年の子どもがいてもおかしくないのに、そんな夢想を描いていると「その人の目を 見れば考えていることが分かる」という言葉が聞こえてきて、無心にシャッターを切り始めたのでした。いい役者になって下さい。「お姉さん」も応援していま す | |
(撮影・浅見桂子) | |
「世界一」はスタート地点
サッカーが大好きな普通の高校1年生。世界の頂点に立った男優。柳楽(やぎら)優弥が、2人の自分に戸惑いながらもしっかりとした足取りで大人への階段 を上っている。14歳、デビュー作でカンヌ国際映画祭の男優賞を獲得したときは「巻き込まれちゃってる」とも感じたが、2作目を撮りながら役者としてやっ ていく決意も固まってきたという。「ぶっちゃけ」を連発しながら、15歳の自分を語った。
ありえない
取材場所の都内ホテルの一室にサッカーボールを持って行った。部屋に入ってきた柳楽は、真っ先にテーブルの上のボー ルに目を向けると「おーっ! ボール触るの、久しぶりです。感触いいですね」。中学ではサッカー部に所属していたが、仕事が忙しくなって休部している。リ フティングをリクエストすると「いいですよ」と気軽に十数回。自分でも「しゃべるのが苦手」というシャイな性格で知られているが、こちらの心配は杞憂(き ゆう)だった。新作映画「星になった少年」の撮影でタイに2カ月滞在した時も、現地スタッフとサッカーやセパタクローでコミュニケーションをとったとい う。そしてカンヌ受賞後を語り始めた。
「今までの人生の中で、タイ(での撮影)ほどありえないことはなかった。行く前はそんな大変じゃないだろうって思っ てた。2カ月できんだろ、って。でも行って気付いた。オレってそういう人なんですけど(笑い)。行ってみてショックだらけ。まず、空港に着いて暑さに ショックで。次に食べ物にもショックで。1~2週間だったら、遊びに行くって感じじゃないですか。慣れればいいとこなんですけど、慣れるまでが大変なんで すよ」。
それでも、俳優としてステップアップになることは分かっていた。
「オレ心配性です。でもタイで撮影って、いいことじゃないですか。そこまでありえない話に飛び越えちゃうと心配じゃ なくなるんです。心配しなくなるんです。あ、ちょっと訂正。『ありえないので、考える力がなかった、想像がわかない』のかな。想像をわかせたくなかったの かも。大変だって分かってたから、今から大変だって思ってもしょうがないって。山のてっぺんにいる時『もうこれ以上歩けない』とかそんなバカなこと言って たら降りられないでしょう。やらなきゃいけないって決めていたので。だから、それについて深刻に考えなかった」。
ビミョー
1年前はこう思っていた。「役者一本ってノリじゃないけど、やめらんないなあ」。想像してみよう。友達と中学のグラ ウンドでボールを蹴っていて、ふと気付くと、世界の幾万もの星々でできた山のてっぺんに1人立たされていた。しかも「史上最年少」「日本人初」という冠を かぶっている。「演技に年齢は関係ない。彼の顔が頭から離れなかった」。審査委員長だったクェンティン・タランティーノ監督は選考理由をそう説明したが、 それは世界で誰も経験したことのないアメ=栄誉であると同時に、ムチ=試練でもあったはずだ。当然の戸惑いから、1歩踏み出せたのも、今回の「ありえな い」状況があったからだというわけだ。
「タイで撮影してる時に思ったんです。『甘ったれたこと言ってたらできないぞ、ちゃんと芝居に集中しなきゃ』って。それでどんどん楽しくなってきた。役者をやっていこうって」。
俳優という山をもう1度すそ野から登っていく決意のようなものが芽生えてきたようだ。大人ばかりに囲まれている仕事へのスタンスも明快に話す。
「映画の人たちって基本的に、語る人が多いじゃないですか。オレは言いたいこともちゃんと言うし、語ってるのも聞き ます。自分の思っている意見と合っていれば真剣に聞きます。そうじゃなかったら『そうですね…』って(笑い)。語ってることも、キツイと思うんじゃなく て、聞かなきゃいけないこともあるんです。重要な言葉を聞き流してしまうこともあるんだけど」。
自分の性格を聞くと「オレって、終わったら全部楽しいって思うタイプ。やってる時は楽しくなかったのかもしれないけ ど、覚えてないんです」と分析してみせたが、それは負けず嫌いの裏返しの言葉のようだ。自分で事務所に履歴書を送って入った世界。決して弱音など言うまい という覚悟がすけてみえる。
「一件落着するまで1人で考え抜くんですよ。すっげー、考えるんです。ちっちゃいことはどうでもいいんですけど、考えなきゃいけないことはずっと考えてる。考え抜いて、一件落着したら、ハイ終わり! みたいな感じなんですけど」。
--相談はしないの
「自分じゃ考えられないくらいになったら相談します、家族に。おじいちゃんとかに『どうしたらいいの』って。やる気 になるような言葉をくれるんです。いや『相談』っていうビミョーなノリじゃないですけど、話してる途中で『どうなの』みたいな。友達にも『頑張れよ』って 言われてやる気出たこともあった。いろいろ感じてくれたのかもしんない」。
実際にタイから友達にした電話は「大変」でも「つらい」でもなく「今、学校どうなってんの」だったという。
「普段は普段。しゃべりまくりだし、クールではないんです(笑い)。仕事とか映画の話はあんまりしない。やっぱり女の子の話とか…。学校行ってる時は仕事のこと考えないようにしてた。仕事場で話してるより、そりゃ、学校で話してる方がおもしろいです」。
初めてかいま見せた高校生の一面。世界の高みに立った俳優と15歳の少年が、無理なくシンクロしてくる。柳楽が1年がかりで折り合いをつけてきたものが、伝わってきた。
ぶっちゃけ
今後についても、大人が思う以上に、現実的に地に足をつけた考え方をしている。
「楽しんでやっていければいいんです。大変なこともあると思うんですけど。多分、楽しいことばかりじゃない。いろい ろな大変なことがあると思うんですよ、絶対あるでしょう? 他の人から見たら『そんなの大変じゃないよ』って思われるかもしれないけど、きっとあるんで す。だから、基本は普段の生活を大事にしたいし、今もしてます。それで、その時にしかできない役をやってみたい。今なら普通の高校生の役とか。20歳では できないけど、15歳ならできる役。そういうのやりたいんですよ」。
◆ ◆ ◆
こちらが少年ではなく、俳優から話を聞いている気持ちになった時、タランティーノ監督が忘れられなかった、あの目がフッとはにかんだ。
「スクリーンを通して見られるのはうれしいんだけど、素の部分を見られるのが苦手です。ぶっちゃけ、まだ取材ではうまくしゃべれない。しゃべれたら楽しいんだけど…」。
--今、結構しゃべってますよ
「え、そうですか。ぶっちゃけちゃってるから、おもしろくなってきました(笑い)」。
プレゼントしたサッカーボールをドリブルしながら、部屋を出て行った。口ほどにものを言う、たぐいまれな目を持って いるけれど、もっともっと話を聞きたいし、何げないしぐさでも見ていたい-。カンヌの審査員のハートをわしづかみにしたものの正体が、分かったような気が した。
演技以前に圧倒的存在感
「星になった少年 Shining Boy&Little Randy」の河毛俊作監督 演 技以前に、存在感が圧倒的にあるんです。カメラを通して見たとき、それを感じました。子役って意外と技術を持っているものなんですが、訴えかける存在感を 持っている子役はめったにいない。その存在感を保っていくためには、いい監督、いい作品に出会い続けるしかないんでしょうね。その意味で責任を感じてます し、これから出会う監督たちも感じるんでしょう。撮影中は「通販でバナナクッションを買った」とか「(ヒップホップグループの)ドラゴン・アッシュが好 き」なんて話をしましたよ。結構しゃべるんですよ。
◆柳楽優弥(やぎら・ゆうや) 本名同じ。1990年(平成2年)3月26日、東京都生まれ。現在都 内の高校1年生。02年に事務所に応募して芸能界入り。初めて演技した映画「誰も知らない」で04年カンヌ国際映画祭男優賞受賞。同年、米誌タイムの「ア ジアの20人」にも選ばれた。身長は02年「誰も-」のオーディション時は150センチ、04年の男優賞受賞時は163センチ、現在は167センチ。足の サイズ27センチ。血液型A。
(取材・小林千穂)